連載エッセイかわいいもの

ほんの序の口46 かわいいもの宇田智子

ほんの序の口46 かわいいもの

 髪を洗ってもらって席に戻ると、「これ、かわいいんですよ」と雑誌を掲げた美容師さんが鏡ごしに笑いかけてきた。私もたまに見る雑誌で、特集は猫。受けとって広げたら電話が鳴って、美容師さんは「ちょっと失礼します」とカウンターに向かった。
 飼い猫の投稿写真、アイドルが猫愛を語るインタビュー。ぼんやりと眺めるうちに「ね、みんなかわいいでしょう!」と声をかけられ、ついあせって雑誌を閉じた。猫の出てくる短歌を集めたページを読んでいたから。彼女が見せたかったのはかわいい猫の写真なのに、活字を追っていたのが後ろめたかった。
 つい写真より文字に惹かれてしまうし、写真を見ても猫は猫としか認識できない。誰かと歩いていて猫とすれ違い、「さっきいたまだらの猫、黒と茶色の……」と言われても、柄なんて覚えていない。
 夕方になると、私の店の向かいのひさしの上を猫が横切る。それが黒猫だということから始まって、首輪をつけているからどこかの店の猫らしいこと、はじめのころはおそるおそる進んで鰹節屋さんの上で引き返していたのに、いまは果物屋さんの方まで行くこと、このまえはお茶屋さんの前に下りて小さな猫と一緒にいたからお母さん猫なのかもしれないということまで、店番を手伝ってくれる人に聞くまでわからなかった。
 うつむいて文字を追っているあいだに、店の前を通りすぎるかわいいものをたくさん見落としているのだろう。楽しい物語や、すてきな人たちも。誰かかわりに見て、書いてほしいと思う。

表紙のことば表紙の言葉

ひぐらしが鳴いている。友人と野球を観にいったら隣に林立する巨大なクレーンが目に入った。昭和の子供だからか工事現場にわくわくする気持ちもある。でも、アンダーコントロールと言い放った時の驚愕、さっさと壊されてしまった国立競技場、現場の人の苦しみ、 顔も見えず押し流される不気味さを、みんな覚えておきたい。
(表紙画 タムラフキコ)

新刊エッセイ

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  • 高架線

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  • 江戸の大普請

    江戸の心的地図

    タイモン・スクリーチ
    江戸の大普請
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    保守本流の再興に挑む田中角栄(1)

「本」から生まれた書籍

最新号もくじ

[連載名]タイトル 著者名
[ほんの序の口]46 かわいいもの 宇田智子
講談社科学出版賞受賞! 特別寄稿 『人類と気候の10万年史』ビギンズ 中川 毅
自著を語る 膨大な遺品から甦った「舞台の受難」 堀川惠子
語り手の高さ 滝口悠生
丸山眞男の正しい読み方 橋爪大三郎
江戸の心的地図 タイモン・スクリーチ
[鉄道ひとつばなし]261 神社・宗教・鉄道から見た神奈川県 原 武史
その結婚、続けますか?6 結婚という「わな」 下重暁子
愉快な認知症5  睡眠行動障害と幻視を乗り越えて 奥野修司
ソレダメ! あなたの謝り方と怒りの抑え方 川合伸幸
普通とか正常という幻想 はあちゅう    
心と時間5 過去のデッサン画 青山拓央
「母親神話」の国、日本22 正方形の檻の中で 竹信三恵子
時間の正体をもとめて 松浦 壮
「ポストバブルの勝ち組」総合商社の実態 小林敬幸
[新日本野球紀行]149 甲子園のホームランはなぜ激増したか 二宮清純
[社会性の起原]46 私以上の〈私〉として見る 大澤真幸
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