連載エッセイ電気どろぼう

ほんの序の口45 電気どろぼう宇田智子

ほんの序の口45 電気どろぼう

 開店準備を終えて帳場に座ると、左の部屋の電球が切れているのに気がついた。窓もないので真っ暗になっている。新しい電球を出してきて替えた。
 つかない。そもそも、このまえLEDに替えたばかりだった。問題は電気系統か。ブレーカーを切ったり入れたりしてみる。つかない。
 こんなとき、いつも見ぬふりをしたくなる。明日になったら自然に直っているかも、とか。暗い本屋も趣があるんじゃないか、とか。
 昔、「闇棚」というイベントを妄想した。暗い店内で闇鍋のように本を選んで、思いがけない本に出会う。そんなことを考えたのは、本屋が明るすぎる気がしたからだ。本は、部屋の隅や布団の下でひっそりと広げたい。闇の中でそこだけ白く灯るページに向きあって、自分だけに見える世界に入っていきたい。
 いや、逃避はやめよう。とりあえず誰かに話そう。お隣の漬物屋さんには、台風対策もゴーヤーの調理法も、なんでも相談してきた。漬物屋さんは去年店をやめてしまったけれど、あとに入った雑貨屋さんも親切な人で、頼りにしている。
 こっちの部屋の電気がつかなくなっちゃったんですよ、と話しかけると、「あっ!」と変な声がした。「昨日の夜クーラーの工事に来てもらったとき、電気の配線も整理してもらったんだけど、一本よくわからない線があって、切っちゃったんだよね。あれはウララさんの線だったのか」
 なんと。すぐに昨日の電気屋さんを呼んでもらい、戻してもらった。
「左の部屋の電気は雑貨屋から引かれているから、電気料もずっとこっちで払っていたはずだね。ひとまずメーターは切り分けておいたから」
 なんと。店を始めてから五年半、電気どろぼうをしていたとは。右の部屋の電気代に含まれていると思っていた。たいした金額じゃないよ、電球一個分だもんと雑貨屋さんは笑ってくれたけれど。漬物屋さんにも、謝りたい。

表紙のことば表紙の言葉

昔このあたりは港に着くギリシャ人の船員が多く、荷を降ろし積む間一ヵ月も滞在した。今も健在のジュークボックスにはギリシャの曲もあって、それをかけると彼らがフロアでダンスを踊ったという。街の様子や酒の飲み方も変わっていく。ほがらかで楽しいマスターが横浜の空襲では母や弟と火の中を逃げ回った、と。人生って短くない。横浜のバー「アポロ」。
(表紙画 タムラフキコ)

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「本」から生まれた書籍

最新号もくじ

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