連載エッセイほんの序の口30

日食の朝宇田智子

日食の朝

こんにちはと笑っている顔を見てすぐに誰かわかったのに、まさか店に来てくれるわけがないと理性が否定した。
「お久しぶりです。覚えてますか」
「純くんだよね」
 うなずかれて、やっぱりと思いながらもまだ信じられない。何年も前、私の勤めていた新刊書店でアルバイトをしていた子だ。
最近どうしてるの。いや、いまは何もしてなくて。じゃあ相変わらず本ばかり読んでるの。そうですね。あ、宇田さんに教えてもらった本も、読みました。
タイトルを言われた。この子にそんな本をすすめたっけ。いつ、どこで。思いだせない私をおいて、彼は店内に入っていく。
日食の朝の光景がよみがえった。七年前の七月、四十六年ぶりに日本で皆既日食が見られると話題になり、書店には日食の本やメガネの注文が殺到した。
当日、開店直後のレジに純くんと入った。まだお客さんも少なくて、じっと待つ。ガラス張りの出入口からはまっすぐに日が差してくる。観測日和だ。
「あ、あの人、日食メガネを持ってますよ」
 純くんが口を開いた。向こうの歩道で、男性がメガネを掲げて空を仰いでいる。
「見えるのかなあ。宇田さん、ちょっと外に出てきたらだめですか」
「だめだよ」
 諭しつつも、なんだか楽しくなった。いつも私から何か伝えたり教えたりするばかりで、彼から話しかけてきたのは初めてだった。あれから少しずつ打ちとけて、本の話もするようになったのかもしれない。
 日食、見にいけばよかったなあ。考えているうちに出てきて、じゃあまた来ます、また本を教えてくださいと言って、一冊買って去っていった。

表紙のことば表紙の言葉

プロを観ているとビリヤードは、何球も先まで球の動きをえがく力と精緻な技術、それに強いメンタルが必要なスポーツだ。でもハスラーといえば「いかさま師」のこと。賭事が持つ魅力と中毒性、昨今のスポーツ業界の話題などを、ふと考えた。
(表紙画 タムラフキコ)

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「本」から生まれた書籍

最新号もくじ

[連載名]タイトル 著者名
[ほんの序の口]30 日食の朝 宇田智子
〈特別寄稿〉 「英語格差」を飛び越える 鳥飼玖美子
明るいアンチ・ヒーロー 赤川次郎
言葉を聞く           関 容子
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『「日本人の神」入門』について 島田裕巳
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