連載エッセイほんの序の口41

青色の灯火宇田智子

青色の灯火

 免許の更新のため、朝から車で隣の豊見城市に向かう。橋から空と海を見る。
 数年前に建てられたばかりの運転免許センターは隙のないきれいな建物で、どこかよそよそしい。証紙を買って書類を出して、写真を撮った。一番寒い季節のはずが今年はずっとあたたかくて、みな軽装で来ている。長袖と半袖、沖縄ではどちらの免許写真が多いのだろう。一年の半分は夏だから半袖だろうか。どちらにしても、袖は写らない。
 講習室に入り、配られた教本を眺める。「原動機付自転車」だの「青色の灯火」だの、机上でしか見ることのない単語がなつかしい。もう試験はないのだと思ってほっとする。
 開始時刻の少しまえに角刈りの男性が立ち上がり、話し始めた。おはようございます、講師の平良です。ここにいるみなさんは優良運転者ですね! おめでとうございます。この先も事故を起こさないようにしっかり講習を受けてください。短い時間ですが。
「いや、今年ももう二月ですね。一月はあっというまでしたね」
 え、平良さん。いったい私たちのなにを知っているの。聞き流せばいいのに、引っかかった。
一月は一日一日がみっしりしたケーキのように詰まっていた。なにをしたというのでもないけれど、これまで気まぐれに手をつけていた仕事や家事、遊びや休みを切り分けて日ごとに割りふってみたら、いつになく持ち重りのする月となった。
 ここにいる人たちは家も誕生日も近い。でも、毎日の過ごしかたはまったく違う。仕事、家事、育児、介護、療養、学校、勉強、求職、ボランティア、きっと私には思いもよらない暮らしが、それぞれの一月がある。一気に駆けぬけた人も、永遠のように感じた人もいるだろう。優良運転者にも、毎日車に乗る人と一度も運転しなかった人がいるように。
 帰りも橋から空と海を見る。浜に下りてゆっくりしたい青さだけれど、戻って店を開けなければ。二月は海の予定も入れようと決めて、渡りきる。

表紙のことば表紙の言葉

水は揺れ動くから心地よい。昔は今とちがい、船が車で川が道路だった。流れを体に感じるような船に乗ることも少ないけど、望めば、案外東京の川にも漕ぎ出せるらしい。小さな造船所がある隅田川沿いを歩いた。
(表紙画 タムラフキコ)

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