連載エッセイミシン

ほんの序の口43 ミシン宇田智子

ほんの序の口43 ミシン

 公民館で足踏みミシンを習った。足元のペダルを前後に踏みながら、手元の布を前に進めていく。ペダルはどんなタイミングで踏みかえるのですかと聞くと、それは自分で感覚をつかんでくださいとの答え。はじめから言葉にすることをあきらめていらっしゃる。とにかく始めてみた。踏みこみが足りなくてペダルが動かなかったり、布が手前に戻ってきてしまったり、ちっともうまくいかない。それでもぐいぐいと踏み続けたら、タタタと布が滑りだした。できた、と喜んで布の向きを変えると、またできなくなっている。ズルズル戻ってはタタタと進むのをくり返して、どうにか小さな巾着袋を縫いあげた。
 春に転職して山の近くに住むようになった友人が、初めての車通勤に苦労している。発進と停止がへたで、自分の運転に酔ってしまうという。アクセルは空ぶかしになるし、ブレーキを少しずつ踏んでも最後は前のめりになるし、どうすればいいんだろう。聞かれても、私も運転は苦手なのでアドバイスできない。すぐに慣れるよと励まして、ミシンの先生を思いだす。
 スマートフォンで卒論を書き上げたという学生に会った。パソコンを打つより速いので、とすましている。私のころはスマートフォンどころか、パソコンで論文を書くことにもいい顔はされなかった。手書きとパソコン入力とでは文章が変わってしまうからと。それはそうだけれど、どちらが優れているというものでもないと思う。その道具なりのよさが出るのではないか。タイプライターで原稿を書いたら打ち直しができないという緊張感が生まれるだろうし、バチバチとキーを叩く快感から、テンポのいい文章になるかもしれない。
 もしも入力に手だけでなく足のペダルも必要だったら、文章はどう変わるだろう。ピアニストのような全身のうねり、自転車をこぐときの軽やかさなどが表せるだろうか。いま書きながら足を動かしてみたけれど、よくわからなかった。

表紙のことば表紙の言葉

両国国技館、土を固めた土俵が力士たちのぶつかり合いの衝撃でひびわれていました。朝8時半から始まって塩と水はなくて次々と取り組みが進みます。午後になって人が賑わい、土俵入りの鮮やかさは歌舞伎にも似て。力の入りよう、張り、美しさに神事であることをかいまみました。
(表紙画 タムラフキコ)

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好評連載

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「本」から生まれた書籍

最新号もくじ

[連載名]タイトル 著者名
[ほんの序の口]43 ミシン 宇田智子
〈特別対談〉人口減少日本「どうせ縮むなら戦略的に縮もう」 石破茂×河合雅司
「怖い」っていけないこと? 恩田 陸
口車から『福袋』 朝井まかて
会う前から気心が 長嶋 有
[スピンク日記]108 作詞問答・石碑と和食/すべては夢のなかの 町田 康
恐竜だけが古生物じゃない  土屋 健
[鉄道ひとつばなし]258 聴覚と鉄道 原 武史
その結婚、続けますか?3 「マクロン婚」のすすめ 下重暁子
〈新連載〉愉快な認知症2  症状をオープンにするまでの葛藤 奥野修司
〈新連載〉心と時間2   バーバーポール説 青山拓央
「母親神話」の国、日本19 「生きる力」教育の重圧 竹信三恵子
チンギス・カン考古学へのいざない 白石典之
念仏の法門の歩みを辿って 竹村牧男
[新日本野球紀行]146 〝巨人キラー〟になった理由―安仁屋宗八「酒とインコース」② 二宮清純
[社会性の起原]43 フリーライダーに対抗して 大澤真幸
「戦後保守」二つの源流3 保守本流の申し子・宮沢喜一(1) 田中秀征
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