連載エッセイ命のお祝い

ほんの序の口44 命のお祝い宇田智子

ほんの序の口44 命のお祝い

 朝。車で右折したとたんに「いま、バスレーンだ!」と気づき、あわてて次の角を曲がった。平日の朝と夕方は、バスを優先するための交通規制がある。坂をのぼって大きく迂回した。なんだか道がすいていて日曜日のよう。あ、今日は祝日だ、バスレーンじゃなかったのかも。いや、祝日とは呼ばないか。
 六月二十三日が近づくと、新聞やテレビ、ラジオで沖縄戦の話題が多くなり、書店でもフェアを組む。沖縄戦の組織的戦闘が終わった日とされる「慰霊の日」だ。糸満の平和祈念公園で追悼式が開かれ、学校や県の公共機関は休みになる。
 沖縄戦が終わって間もないころ、悲しみにくれる人々を訪ねて「命(ぬち)ぬ御祝事(ぐすーじ)さびら」と声をかけ、三線を弾いて歌い踊ってみせた人がいた。小那覇(おなは)舞天(ぶーてん)という人だ。「命のお祝いをしましょう」と呼びかけて「なにがめでたいのか」と怒られても、舞天は「こんなときだからこそ生き残った命を祝い、元気を出しましょう」と励まし、笑わせたという。
 今日は戦争が終わった日だから、「祝日」と呼べなくもないのかもしれない。それでもやっぱり呼ぶ気にはなれない。七十二年たってもそうなのに、終戦直後に「祝いましょう」と歌って踊るなんて。その勇気と覚悟ははかり知れない。
 昼前に自宅に戻ると、駐車場の脇で子どもたちが虫とり網を振り回していた。誰も住んでいなかった古い家が少し前に取り壊されて、草むらになった。石や木の板があちこちに落ちていて水たまりもあって、虫には住みやすそうだ。もうすぐここも駐車場になるらしい。
 今日はたくさん遊べるといいなと思う。好きなことをして過ごして、命のお祝いとしたい。

表紙のことば表紙の言葉

沖縄に行ってきました。宇田智子さんのお店や、やちむんの村そして高江にも行きました。梅雨の晴れ間、あんまり人も見かけないような道の脇に警官がおおぜい直立不動で立っていました。ずっとあんなにしているのか、誰の何を守るためにか。
(表紙画 タムラフキコ)

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